アスベストとは

 アスベスト(石綿)は,安価で、かつ、耐熱性や防音性など特性にも優れていたことから、建築資材や工業製品などに幅広く利用されてきました。とりわけ、日本では、建設現場で多く使用され、日本におけるアスベストの7割から9割が建設現場で使用されたといわれています。
 しかしながら、このように、〝奇跡の鉱物〟として重宝されていたアスベストには、深刻な欠点がありました。アスベストは、人が吸引すると,10年から40年といった長期の潜伏期間を経て,石綿肺・肺がん・中皮腫などといった死に直結するような重大な病気を引き起こすのです。
 このようなアスベストの危険性は古くから指摘されており,海外では次々と規制されていきました。そうであるにもかかわらず、日本では、長い間,十分な規制がとられず放置され、使用が継続されてきました。その結果,建設現場で働いていた人を中心に、多くの人々がアスベストによる健康被害に苦しむことになりました。

建設アスベスト訴訟の経過

 建設アスベスト訴訟とは、アスベストの被害を受けた方とその遺族が、アスベストの危険性を知りながら建材を製造、販売し続けたメーカーと、規制を怠ってきた国に対し、損害賠償を請求している裁判です。2008年5月16日、東京地方裁判所で、東京1陣訴訟が提訴されたことを皮切りに、全国6地域(北海道、神奈川、京都、大阪、九州)で、多くの被害者や遺族が裁判で闘っています。
 このうち、東京1陣訴訟(最決令和2年12月14日),京都1陣訴訟(最決令和3年1月28日決定),大阪1陣訴訟(最決令和3年2月22日)については,すでに最高裁で、国と一部メーカーの責任が認められています。

最高裁判決の説明

 最高裁は、令和3年5月17日、建設現場の作業従事者が国や建材メーカーを訴えた事件について4つの判決を言渡しました。これら最高裁判決のポイントをまとめると以下のようになります。

国の責任

1 違法行為の内容
 最高裁は、労働安全衛生法に基づく規制権限や省令制定権限を適切に行使しなかったこと(規制権限不行使)について、国家賠償法上の違法性があるとしました。
国の違法行為の具体的内容は、以下の2点です。
① 石綿の危険性や防じんマスクの必要性についてアスベスト建材や建設現場への警告表示をするよう指導監督しなかったこと
② 事業者に対して、労働者に防じんマスクを着用させる義務を課さなかったこと

2 責任期間について
国の規制権限不行使が違法となる期間について、1975年(昭和50年)10月1日から2004年(平成16年)9月30日までとしました(石綿吹き付け作業に従事した場合は1972年(昭和47年)10月1日から)。
 原審の高等裁判所は、1980年(昭和55年)12月31日から平成7年3月31日までとより狭く判断していましたが、最高裁は、被害者救済の範囲を広げて上記のとおり判断したものです。
 上記最高裁が示した期間において、アスベストに暴露する危険性のある建設作業に従事した方は賠償の対象となる可能性があります。

3 屋外作業従事者について(責任否定)
建設現場においては屋内作業従事者のみならず、屋外作業従事者(屋根工など)もおられます。
 しかし、最高裁は、国や建材メーカーの責任が生じるのは屋内建設作業従事者に限られ、屋外建設作業従事者に対する関係では責任を負わないと判断しました。
屋外の作業場では、風等により自然に換気がされ、石綿粉じん濃度が薄められることを根拠としています。

4 一人親方について(責任肯定)
 建設現場においては会社等の使用者と間で雇用契約関係にある労働者のみならず、自営業者である一人親方もいます。
 最高裁は、国の規制権限不行使による賠償責任は、一人親方との関係でも認められるとしました。
 ただ、屋外建設作業従事者は賠償の対象外です(上記3)。

建材メーカーの責任

1 違法行為の内容
 石綿含有建材を製造販売するに際して、重篤な石綿関連疾患を発症する危険があること等を当該建材に表示しなかったことが違法とされました。

2 石綿含有建材の現場到達の立証方法について
 建材メーカーの責任を認めさせるには、各建材メーカーが製造した建材が原告となった被災者らが従事した建設現場に到達した事実(「建材現場到達事実」)を立証しなければなりません。しかし、この点の立証は、数十年も昔のことで客観的な証拠が残っていないなどの理由で非常に困難です。
 そこで被災者らは、建材の販売シェアに関する主張を中心とする以下の方法によって「建材現場到達事実」の立証を試みました。
(ア)「石綿(アスベスト)含有建材データベース」(以下「国交省データベース」)に掲載された石綿含有建材及び混和剤のうち、職種ごとに直接取り扱う頻度が高いなど取り扱う際に多量の石綿粉じんにばく露するといえる種別を選定する。
(イ)上記(ア)のうち、使用目的が建物以外の設備等であるもの、建設作業に従事した期間とその建材の製造期間の重なりが1年未満であるもの、建設作業に従事した主な建物の種類とその建材が用いられる建物の種類との重なりの程度が低いもの等を除外する。
(ウ)上記(ア)及び(イ)で特定した石綿含有建材のうち、同種建材の中での市場占有率がおおむね10%以上であるものを現場に到達した蓋然性の高いものとする。
(エ)被災者が取り扱った建材の名称、製造者等について具体的記憶に基づいて供述等する場合には、その供述等により到達した建材を特定することも可能とする。
(オ)建材メーカから、販売量がより少ないとか販売経路が限定されていたこと等が具体的根拠に基づいて指摘された場合には、その建材は上記(ア)乃至(エ)により特定したものから除外し、そのような指摘がなされていない場合は、到達したものといえる。
 原審の高等裁判所は、上記の方法では立証が不十分であるとして被災者らの請求を棄却しましたが、最高裁は、上記の方法によっても建材現場到達事実を立証できると判断し、被災者らの救済の途を広げました。

3 責任の内容
 建材現場到達事実が認められ賠償責任を負う建材メーカーは、民法の共同不法行為(民法719条1項後段)の考え方を類推して連帯責任を負うことが認められました。
 被災者が、各建材メーカーが石綿関連疾患の発症にどれだけ影響を与えたかを具体的に明らかにできなくとも、その責任を問うことが出来る点に大きなメリットがあります。

4 屋外作業従事者について(責任否定)
 建材メーカーが、屋外作業従事者について石綿関連疾患にり患する危険が生じていたことを認識することはできないとして、責任を否定しました。
屋外作業従事者については、国の責任も建材メーカーの責任も否定され、救済の対象から除外されてしまいました。

基本合意書作成と給付金制度創設へ

 上記最高裁判決を受けて、2021年5月18日に、建設アスベスト訴訟原告・弁護団等と国との間で基本合意書が締結されました。
 当該基本合意書では、未提訴の被災者についても上記最高裁判決の内容に従った救済がなされることを確認し、その救済のために国が給付金制度の創設を目指すことが約束されました。

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